【終活日誌 2014年11月号】

~遠山玄秀 副住職編 その2~お坊さんから聞いたちょっといい話

「ご住職、私、お葬式が終わったらいろんなところに旅行に行くんです。」
先日、お通夜にお伺いさせていただいた際、喪主さんから言われた一言です。
おそらく、多くの方はこの言葉だけ聞くと、どうして大切な人を亡くしたのに?と疑問をもたれることかと思います。

 亡くなられた方は、60代の男性の方でした。

 結婚をし、子供も生まれ、その子供も無事に成長し、そしてそれまで働いてきた会社を60歳の定年で終え、これからゆっくりと余生を過ごそうという矢先、肺に腫瘍が見つかり、半年間の闘病生活の末に亡くなったそうです。
喪主さんは奥様でした。
お通夜が始まる前に色々とお話させていただきました。
旦那さんが元気な時のお話、病気が見つかった時のお話、看病をしているときのお話。
その後に、ちょっと言いにくそうに間をおいてから「ご住職、私、お葬式が終わったらいろんなところに旅行に行くんです。」

 奥様は、半年間看病をされました。途中で何度もくじけそうになったとのことでした。
そんなときには、「元気になったら二人で旅行に行こうね。」と話したことを励みにしていたそうです。
もちろん、元気になるということはおそらくないことを分かっていながら。
それでも、奥様はその言葉を胸に旦那さんの回復を願って献身的に出来うる限りされました。

 「看病」と文字にしてしまうとたったの二文字ですが、看病というのは決してその二文字で表現できてしまうようなものではありません。
しかし、残念ながら旦那さんはお亡くなりになりました。
「本当ならもっと悲しまなければいけないのかもしれないのですが。。。」
と、言葉を詰まらせてしまいました。

 「悲しみは人それぞれです。もっと悲しまなければいけないなんてことはないですよ。それよりも、きちんと自分に出来ることをやって、旦那 さんを送ることが出来るなんて素晴らしいことです。旦那さんもそんな奥様に感謝をしていると思いますよ。」とお話させていただきました。
そうしたところ、大変ほっとされたようでした。

 「ですから、お葬式が終わったら家に閉じこもるのではなくて、先ほどおっしゃられたように色々なところに旅行に行ってください。ただし、旦那さんも連れて行ってあげてくださいね(笑)」と付け加えさせていただきました。

 日本では、大切な人を亡くすと遺族はすごく悲しむもの。悲しみが深くないと、その人はちょっとおかしい。このような常識があるように思われます。

けれども、100人いれば100通りの死があるように、遺族が100人いれば100通りの悲しみがあるのです。
そして悲しみが違えば、その悲しみと折り合いをつけるまでの時間は人それぞれなのです。。

1人の僧侶としてお願いです。

もしあなたの周りに大切な人を亡くして深く悲しんでいる人がいたら。。
様子を見ながらそっと声をかけてあげてください。

もしあなたの周りに大切な人を亡くしてちょっと悲しんでいる人がいたら。。
様子を見ながらそっと声をかけてあげてください。

もしあなたの周りに大切な人を亡くしたのにあまり悲しんでいない人がいたら。。
悲しまないのはおかしいという偏見で見ないでください。

悲しみの大きさ、表現の仕方は人それぞれなのです。。
そして、そっと声をかけてあげてください。

あなたは一人じゃないんだよ。私が傍にいるよ。
それだけでも、大変心強いものなのです。

日蓮宗 上行寺 副住職 遠山玄秀

1977年生まれ
僧侶として、亡くなられた方の供養と共に残された家族の心の癒しも大切だということで積極的に「グリーフサポート・グリーフケア」に取り組む。
また、僧侶だけでは出来ることは限られると、医療関係、士業関係、葬祭業等、色々な職業の方と連携をとり、個人の「人生(生・老・病・死)」に関わっている。

上行寺別院[http://jogyoji.or.jp/
住所:千葉県船橋市栄町1-5-15
TEL:047-433-0296 FAX:047-433-0446

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