【終活日誌 2014年10月号】

終活人 第3弾

こんにちは。終活相談ドットコムの堀内です。
終活人3人目に突入致しました!今回は9月末まで終活カウンセラー協会にパートさんとして週に3回来てくださっていました浅見訓子さんをご紹介致します。

プロフィール

  • お名前:浅見 訓子さま
  • ご年齢 :62歳
  • 出身:東京

介護と仕事の20年間は人生で一番辛かったわ。

いつも元気で笑顔が素敵な浅見さん、実は過去には
ご両親の介護と仕事の両立で大変だった時期もありました。

当時の浅見さんはあるカルチャーセンターにお勤めでした。
早番は9時から17時まで、遅番は12時から21時までという完全シフト制の中お父様を17年間、お母様を20年間ずっとおひとりで自宅で介護されていました。

ヘルパーさんには、1日2回来てもらい昼食と夕食の準備と介助をお願いしていましたが、仕事が多忙になり支配人に昇格してからの4~5年間は、ご自身の更年期とも重なり、仕事と介護の両立は、本当に辛かったと浅見さんは語ります。

ある時、脳梗塞で半身不随となってしまったお母様に 「なにかあったらここに連絡してね」と電話の掛け方を教えると、その翌日から仕事中に何度も何度もお母様からの電話がかかってきたそうです。

「周りに迷惑がかかってしまう、もう仕事は続けていけないな。」とこの時、20年も務めた大好きだった職場を退社することを決定しました。

それからの1年、今まで過ごしたことがなかった家族水入らずの時間、お母様と2人きりの生活を楽しんだそうです。

「あんなに母と毎日向き合ったことは、それまでの人生でなかったから本当に充実した1年でした。その後母はなくなったけれど、きっと後悔はしていないと思います。もちろん、私も後悔は全くないです!!」

大好きなお仕事を退職されて、お母様との最後の1年を本当に楽しんだといった清々しい笑顔で語ってくださいました。

断捨離を決意!!

そして、お父様を6年前、お母様を3年前になくされた浅見さん。
同居はしていましたが、ご両親が亡くなってから初めてご両親の物の片付けを決意したそうです。

そのころ東日本大震災が起こり、東北地方の方々の衣服や食器の足しになればと衣服を洗って引き取ってくれることを知り、東北(気仙沼)に送りました。

「捨ててしまうのも気が引けるけどずっととっておいても結局使わないものだったので、困っている方のために使って貰えるならと思い送ったのですが、気持ち的にも本当にスッキリしましたね。
その時思ったんですよ、私結婚してないから、自分になにかあった時に、唯一の弟が大変だから身の回りの整理をはやくしとこうって!」

そしてその後、引っ越しを2回したこともあり断捨離を決意。

今では、必要最低限のものだけあればそれでいいんですと浅見さんは語ります。

物も心もスッキリして、現在は残された人生を目一杯楽しもうと充実した毎日を過ごされています。

人と話をしている時間が大好きなんです。

一週間のうち、3日間はフラダンススタジオの事務運営管理のお手伝いをされている浅見さん。
そのフラダンススタジオには、小学校3年生から86歳までの方が習いに来ていて様々な世代の方とお話することが楽しみなんだそうです。
また更に10月より他の3日間もバレエスクールにお勤めするそうで、沢山の方との出会いが今から楽しみなんだそう。

いつも明るく元気いっぱいの浅見さん。
「終活って今をよりよく楽しくいきるための活動だと思うんです。」
そう語る浅見さんの前向きな終活を今後終活人でご紹介していきます!!

我こそは「終活人」
終活を楽しんでいる方を募集中!!

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